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Rhapsody on Paganini

今年は、ラフマニノフ生誕150周年だそうで、Youtubeでもラフマニノフの特集がにぎやかである。中学時代の恩師大崎栄子先生のご自宅に友人数名でなんかの流れでお邪魔したことがあり、それまで食べたことがないようなカレーライスをご馳走になった。そのときにかけていただいたレコードがチャイコフスキーとラフマニノフであった。天性の音痴だったので音楽は得意とは言えなかったが、その時以来よくクラシックのレコードを聴くようになった。

ラフマニノフはピアノ協奏曲をそのときは聴かせていただいたが、数々の名曲があることを知り、なかでも表題の日本名「パガニーニの主題による狂詩曲」のうち第18変奏(アンダンテ・カンタビーレ)はCMでも使われ、目を閉じれば壮大な景色が瞼に広がる曲である。

で、Rhapsodyは英辞郎webによれば「吟遊詩人によって歌われた叙事詩」とあるが、それがなぜに狂詩曲と訳されるのか、抒情曲のほうがいいような気がするのだが、不思議に思った。

調べる力はないので、ここでこそChatGPTさんに相談だ。

Q:ラプソディはなぜ狂詩曲と訳されるのか

A:「ラプソディ(rhapsody)」という言葉が「狂詩曲」と訳されるのは、その語源と歴史的な背景に起因しています。以下に詳細を説明します。

語源: ラプソディ(rhapsody)は、古代ギリシャ語の「ῥαψῳδία」(rhapsōdia)から派生した言葉です。このギリシャ語の語根「ῥαπτός」(rhapto)は「縫う」や「結ぶ」を意味し、「ᾠδή」(ōdē)は「歌」や「詩」を意味します。つまり、「ラプソディ」は文字通り「詩を縫い合わせた歌」といった意味合いを持っています。

ギリシャの伝統: 古代ギリシャでは、ラプソディスト(rhapsodist)と呼ばれる詩人が、叙事詩や詩的な物語を口頭で語りながら詠唱する伝統がありました。これらの詩人は、長編の詩や物語を断片的に歌い、その中で異なるエピソードや話の断片を結びつけ、一つの物語として繋げる役割を果たしました。このような伝統的な方法から、「ラプソディ」は詩や音楽の繋がりを強調する言葉として捉えられました。

文学と音楽の融合: ラプソディは、詩と音楽が組み合わさった形式であり、古典音楽の一部としても知られています。この形式では、詩の朗読や歌詞が音楽と調和して表現され、感情や物語性が豊かに表現されます。したがって、「狂詩曲」という訳語は、この詩と音楽の融合を表現するのに適していると考えられています。

総括すると、ラプソディが「狂詩曲」と訳されるのは、その語源やギリシャの伝統、文学と音楽の融合など、さまざまな要因が影響しています。この言葉は詩と音楽の組み合わせを示す用語として広く受け入れられています。

 

ChatGPTさんありがとうございます。検索の高速化に大変役立ちます。(論文など書く場合は出典情報の書き方要注意)

 

依然、「狂」という文字が入ることに違和感があるのだが、これもYahoo知恵袋さんに勉強になるQ&Aがあったのでここにリンクを貼っておきます。

狂詩曲という言葉にはなぜ「狂う」という漢字が使われているのですか? – 狂… – Yahoo!知恵袋

 

 


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